技術紹介

ICP( 誘導結合型プラズマ )の放電開始から周期定常に移行するまでの非定常解析 - ICP true transient simulation at the ignition -

  • Sep 21, 2010 5:10:00 PM
  • 株式会社アテナシス 池田 圭
ICP( 誘導結合型プラズマ )の放電開始から周期定常に移行するまでの非定常解析 - ICP true transient simulation at the ignition -

プラズマの着火は,装置を開発する立場からはしばしば重要な問題となります.安定して再現性よく放電がスタートするかどうかは自明ではなく,異常放電が起きにくくしたり,安定して放電開始が出来るようにするために,様々な工夫が施されるのが一般的です.また,低圧高密度プラズマを用いた Etching プロセス等では,圧力が精度よく制御されているにも関わらず,放電開始直後には圧力が一瞬変動します(筆者自身の経験ですが).更には,放電開始時(着火時)には,いったいどのような現象が起きているのか,という素朴な疑問もあります.

ICP Simulatiom の多くは,周波数領域( frequency domain )による計算を行うことにより,周期定常状態を求めます.この方法では,1周期の間に掛かる平均的なエネルギーを計算し,定常計算によって解を求めるので,計算時間も短く,広く用いられている方法です.しかし,放電開始時に何が起きているかをシミュレーションによって検討・理解するには,非定常の解析が必要となります.

時間領域( time domain )によるプラズマのシミュレーションでは,プラズマ生成の様子を非定常で解析することが可能です.しかしながら,非常に小さな time step を用いる必要があることから,膨大な計算時間が掛かるという問題があります.以下では,非常に長い計算時間を要した結果ですが,放電開始の様子についてご紹介致します.

始めに,計算モデルの概略を Fig. 1 に示します.

ガスは,Ar が上部から流入し,サセプターの周囲から排気されると仮定しています.RF電力は,2ターンのコイルによって供給されます(周波数:13.56MHz).サセプターは,8インチ基板よりもやや大きい寸法としています.

Fig. 1 計算モデル(二次元軸対称)

Fig. 1 計算モデル(二次元軸対称)

非定常計算結果を示す前に,定常計算の結果を幾つか示します.

計算結果は,option の選び方によって定量的には異なった結果となりますが,計算時間を少しでも短くするために,以下のような比較的簡易な option を用いました.

viscosity : Sutherland's law
specific heat : Consant ( 520 J/kg-K )
thermal conductivity : Prandtl Number ( 0.707 )
mass diffusitivity : Schmit Number ( 0.7 )
mobility : From Diffusivity
ion diffusion : same as neutrals

以下に,計算結果の一例を示します.

Fig. 2 流速分布( velocity mangnitude ) 及び 流れ関数( stream function )Fig. 2 流速分布( velocity mangnitude ) 及び 流れ関数( stream function )

流れの速い領域は,ガスの流入部付近のみとなっています.また,流れは典型的な層流です.

Fig. 3 絶対圧力 ( absolute pressure ) 及び 温度( gas temperature )

Fig. 3 絶対圧力 ( absolute pressure ) 及び 温度( gas temperature )

圧力は,チャンバー内の広い範囲でほぼ同じ圧力に維持されており,ガスの流入部付近でのみ,やや高い圧力になっていることが分かります.ガス温度は,プラズマ中心では壁面( 300K )と比べて 300K 以上高い値を示しています.ガスの密度は,理想気体 ( ideal gas law ) を仮定して計算していますが,温度が倍以上,ということは,数密度は 300K の壁面近傍の半分にまで減っていることを意味します.

CFD-ACE+ では,反応モデルの中に momentum transfer ( elastic collision ) のステップを含めることにより,ガスの温度上昇を加味することが可能です.本モデルでは,このステップを考慮し,更に,壁の slip ( Kn 数が 1 に近い条件で生じる壁でのスリップ)を考慮しています.

Fig. 4 渦電流( J_eddy )及び 吸収電力 ( Power dissipation )

Fig. 4 渦電流( J_eddy )及び 吸収電力 ( Power dissipation )

明らかに,コイルに近い領域に偏っていることを示しています.

Fig. 5 Ar+ の数密度( AR+ number density ) 及び Ar の数密度( Ar number density )

Fig. 5 Ar+ の数密度( AR+ number density ) 及び Ar* の数密度( Ar* number density )

Ar+ イオンは,プラズマの中央で高い一方で,励起準位の Ar* は,プラズマ密度の高い領域の外側で高くなる傾向を示しています.なお,本プラズマシミュレーションでは,両極性拡散を仮定した計算手法を用いているため,電子密度の分布と Ar イオン密度の分布は同じ結果となります.

Fig. 6 両極性電位( ambipolar potential ) 及び 電子温度 ( Te )

Fig. 6 両極性電位( ambipolar potential ) 及び 電子温度 ( Te )

電位分布の結果は,広い領域で 35~ 40V 程度,電子温度は,アンテナ近傍で最も高く,おおそ 2.1eV という結果になりました.

次に,非定常計算の結果を示します.なお,計算中,Ne や Te がどのような変化をするかをモニターしてみました.

Fig. 7 モニターした position

Fig. 7 モニターした position

得られた時刻歴は,以下のようになっています.

Fig. 8 Ne の時刻歴

Fig. 8 Ne の時刻歴

Ne の値は,一度最大値に到達した後,やや下がることが分かります.

Fig. 9 Te の時刻歴

Fig. 9 Te の時刻歴

Te の値は,放電直後にかなり高い値を示しますが,急激に現象し,その後ゆっくりと定常状態に近づくことが分かります.
以下に,放電直後の 500step,及び,5000step の結果を示します.

Fig. 10 Ne 及び Te の時刻歴(計算開始後の 500step の結果)

Fig. 10 Ne 及び Te の時刻歴(計算開始後の 500step の結果)

Te は,最初の数周期で 6eV 前後に到達し,その後,Ne がゆっくり上昇を始めることが分かります.

Fig. 11 Ne 及び Te の時刻歴(計算開始後の 5000step の結果)

Fig. 11 Ne 及び Te の時刻歴(計算開始後の 5000step の結果)

Te は,最大で 7eV 弱まで上昇していますが,Ne の値が17乗のオーダーに到達するのは,すでに Te が 5eV 前後まで下がった後だということが分かります.このように,Te は短い時間で急激な変化をしますが,Ne の値は,電子温度に比べてゆっくり変わることが分かりました.

さて,以下に,プラズマが成長しながら,徐々にチャンバーの中央へと向う様子を示すアニメーションを示します.

Fig. 12 放電開始以降の Ne 及び Te の分布(アニメーション)_animFig. 12 放電開始以降の Ne 及び Te の分布(アニメーション)

予想されるように,始めはアンテナに近い領域で Ne の高いリング上のプラズマが生成されます.そして,時間が経過するに従って,定常状態の結果に示されるように,チャンバーの中央へと高密度の領域がシュリンクして行く様子が分かります.

Fig. 13 放電開始以降の 圧力 及び 流速 の分布(アニメーション)_anim

Fig. 13 放電開始以降の 圧力 及び 流速 の分布(アニメーション)

プラズマの成長とシュリンクに伴い,内部の圧力や流速は,ダイナミックに変化することがシミュレーションの結果から推測されます.圧力は,始めにアンテナ近傍で高くなり,チャンバー内へと伝搬して行きます.流速も,アンテナ近傍で高くなり,同様にチャンバー内へと伝搬して行きます.流速の最大値は,最大で 50m/s 以上という非常に速い値に到達し,内部で跳ね返るように最終的には outlet に向ってガスが向うと考えられます.

最後に,1周期の中での変化について,渦電流・ベクトルポテンシャル(Az)の結果を以下に示します.Fig. 4 の渦電流( J_eddy )は,定常解析の結果ですが,実際には,RFコイルの電流が変化するにつれて,渦電流も変化します.

Fig. 14 渦電流( J_eddy )及び ベクトルポテンシャル(Az)の分布(アニメーション)_anim

Fig. 14 渦電流( J_eddy )及び ベクトルポテンシャル(Az)の分布(アニメーション)

本計算では,用いた grid が計算精度を保つのに十分ではなかった為,計算の最後の方では,十分収束した結果になりませんでしたが,放電直後にどのような現象が起きているかを,シミュレーションを利用して理解することができます.また,これらの結果は,過去の経験を裏付けると共に,着火という難易度の高い問題に取り組む第一段階と考えられます.

本計算は,現在 grid を修正し,ベターな結果が得られるように再計算中です.また,CFD-ACE+ で利用できる CCP mode による解析を行うことにより,より現実的な解析も可能で,現在,その計算にも取り組んでいます.

この CCP mode によるシミュレーション手法を確立することで,放電開始時の異常放電がどういう箇所で起き易いか,という問題に対し,その対策を考えるヒントを与えると期待されます.

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